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旭川地方裁判所 昭和53年(ワ)383号 判決 1980年1月30日

原告

山田ヤエ

被告

紙定夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告の申立

1  被告は、原告に対し、金三二五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに右1の項について仮執行の宣言を求める。

二  被告の申立

主文と同旨の判決を求める。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和五〇年一一月一七日午前八時五〇分ころ、足踏二輪自転車(以下「原告車」という。)に乗つて、東西に通ずる旭川市七条通と南北に通ずる二〇丁目通とが交差する交差点(以下「本件交差点」という。)において、二〇丁目通の六条通方面(南)から九条通方面(北)に向け直進中、七条通を一五丁目方面(西)から本件交差点(東)に向け進行してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と衝突した(以下「本件事故」という。)。

(二)  原告は、本件事故により、両膝・腰部捻挫、頸部捻挫、頭部挫傷の傷害を受け、岩田病院に、昭和五〇年一一月一七日から昭和五一年三月九日までの間に三二日通院し、その間に昭和五〇年一一月二一日から昭和五一年一月三〇日まで七一日入院し、旭川赤十字病院に、同年三月一一日から昭和五三年二月二〇日までの間に三一日通院して加療を続けた。原告は、昭和五二年一月三一日に症状固定と診断されたが、頭痛、集中力低下、記憶力減退、めまい感、吐き気、疲労感、身体違和感、身体動揺感等の後遺障害が残つた。

2  被告は、本件事故時、被告車を所有し、自己のためにこれを運行の用に供していたものである。

3  原告は、本件事故によつて、次の損害を被つた。

(一) 原告は、前記傷害及び後遺障害により、前1の(二)の項のとおり各病院に入、通院して治療を受け、その治療費(文書料を含む。以下同じ。)として金四一万五、一一〇円を要した。

(二) 入院雑費

原告は、岩田病院に入院した七一日について、一日当たり金五〇〇円の割合による合計金三万五、五〇〇円の入院雑費を要した。

(三) 通院交通費

原告は、前記傷害及び後遺障害の治療のため、岩田病院に三二日、旭川赤十字病院に三一日合計六三日の通院をしたが、右通院のため、一日当たり金一四〇円の割合による合計金八、八二〇円の交通費を要した。

(四) 休業損害

(1) 原告は、本件事故当時、訴外株式会社ダスキンアカシヤに勤務し、年額金四七万八、五九六円の収入を得ていたが、本件事故による傷害の療養のため労働することができず、本件事故の当日である昭和五〇年一一月一七日から症状固定の日である昭和五二年一月三一日までの四四二日間、右勤務先において労働すれば得られたはずの収入を喪失した。

(2) 原告は、本件事故当時、家庭の主婦として家事労働に従事していたが、本件事故による傷害の療養のため労働することができず、右の期間、昭和五〇年度賃金センサスの女子雇傭労働者の平均賃金年額金一一二万〇、八〇〇円を基礎として算出した金額相当の財産上の利益を喪失した。

(3) 右(1)及び(2)の項の合計逸失利益額は、次の算式により金一九三万六、四〇二円となる。

(478,596+1,120,800)×442/365=1,936,402

(五) 後遺障害による逸失利益

原告は、本件事故当時、四二歳(昭和八年一〇月一七日生れ)の健康な女子であつたから、本件事故に遭わなければ、症状固定の日の翌日である昭和五二年二月一日以降一二年間は前記訴外株式会社ダスキンアカシヤでの就労が可能であり、この間一か年当たり前記金四七万八、五九六円を下らない収入を得ることができたはずであるところ、前記後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント喪失した。そうすると、この間の逸失利益の現価は、金四七万八、五九六円にホフマン式計算による係数(法定利率による単利年金現価表の一二年の係数九・二一五)を乗じて得た金四四一万〇、二六二円となる。

(六) 慰謝料

原告は、本件事故による傷害により、前記のとおり入、通院を余儀なくされたうえ、前記後遺障害を残し、家庭における家事労働も満足にできない状況にあるから、その精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、金一五〇万円をもつて相当する。

(七) 弁護士費用

原告は、本件訴訟代理人弁護士大塚重親及び同高木常光に本件訴訟の提起及び追行を委任し、手数料として金二五万円を支払う旨約した。

4  損害のてん補

原告は、本件事故による損害のてん補として日雇労働者健康保険金二五万四、四一五円及び自動車損害賠償責任保険金一五五万二、五一五円の合計金一八〇万六、九三〇円を受領した。

5  請求

よつて、原告は、被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条本文に基づいて、前3の項の損害金総額金八五五万六、〇九四円から前4の項のてん補額金一八〇万六、九三〇円を控除した金六七四万九、一六四円の内金三二五万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の答弁

1(一)  請求原因1の(一)の項は、原告車と被告車が衝突したとの点は否認し、その余の事実は認める。原告車は、被告車に衝突しておらず、被告車の左前方において自ら転倒したものである。

(二)  同1の(二)の項のうち、原告が主張のとおりの傷害を受けたこと及び原告が主張のとおり入、通院して加療を受けたことは認め、その余の事実は否認する。本件事故と右加療とは、因果関係がない。

2  同2の項は認める。

3  同3の項は知らない。

4  同4の項は認める。

三  被告の抗弁

被告は、被告車を運転して、七条通を一五丁目方面(西)から本件交差点(東)に向け進行中、原告は、原告車に乗つて、二〇丁目通を六条通方面(南)から九条通方面(北)に向け進行し、本件交差点に入り、左折して七条通を一五丁目方面(西)に向け進行した。被告は、本件交差点を左折中の原告車を約三〇メートルの距離に認め、そのまま被告車を運転して約一五メートル進行したとき、原告が急に原告車のハンドルを右転把して北に方向を変え、七条通中央部に進出してきたのを認めたので、接触の危険を回避するため、急きよ被告車のブレーキをかけ、約一五メートル進行して停車した。原告は、停車した被告車の前を通過し、被告車の左前方において転倒した。右のとおりであつて、原告の受傷は、専ら原告の交差点付近における異常、無謀な自転車の運転行為に起因するものであり、被告は被告車の運行に関して注意を怠らなかつたし、かつ、被告車に構造上の陥欠又は機能上の障害がなかつたのであるから、被告は、原告の受傷に基づく損害について自賠法第三条但書に従い免責される。

四  抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実は否認する。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因1の(一)の項は、原告車と被告車が衝突したとの点を除き、当事者間に争いがない。そこで、原告車と被告車が衝突したか否かについて検討するに、成立に争いのない乙第一号証の一、二、証人能登谷さだ、同山田英樹及び同山田英世の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告車と被告車が衝突したことが認められ、被告本人尋問の結果中、右認定に反する供述部分は、前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、原告が原告主張のとおりの傷害を受けたことは、当事者間に争いがなく、右傷害が、右衝突、つまり本件事故によるものであることは、後記判断のとおりである。

二  請求原因2の項は、当事者間に争いがない。

そこで、被告の抗弁について判断するに、被告は、その本人尋問の結果中、被告の抗弁に添う、被告は被告車の運行に関し注意を怠らなかつたとの趣旨の供述をするけれども、右供述部分は、後記認定に供した各証拠に照らしたやすく措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

すなわち、前一の項の認定に供した各証拠及び被告本人尋問の結果によれば(但し、後記措信しない部分を除く。)、

1  原告は、本件事故当時、原告車に乗つて、幅員八・五メートルの非舗装のやや下り坂の二〇丁目通を六条通方面(南)から九条通方面(北)に向つて進行し、交通整理の行われていない本件交差点において、幅員一〇・九メートルの非舗装の七条通を一五丁目方面(西)に左折するべく、本件交差点に入つたばかりの所で左斜め前方約三八メートルの所に七条通左側を本件交差点(東)に向けて進行中の被告車を認めた。原告は、そこから左折態勢で一・六メートル進行したところ、原告車が加速されて左折することができなくなつたが、このまま進行しても被告車の到着前にその前を通過できるものと考え、更に三・八メートル進行した所で右にハンドルを転把し、本件交差点を九条通方面(北)に横断しようとして進行し、更に八・二メートル進行した所で、原告車の後部左側と被告車の前部左側とが接触し、原告は原告車と共に進行方向に向つて右側に転倒した。

2  被告は、被告車を運転して、時速約四〇キロメートルで、七条通左側を一五丁目方面(西)から本件交差点(東)に向け進行中、右斜め前方約三三メートルの所に、二〇丁目通を六条通方面(南)から本件交差点(北)に入り、前輪を一五丁目方面(西)に向けた原告車を認め、当然左折するものと考え、そのまま進行していたところ、右斜め前方一三・五メートルの所に、右折して自車の前方に向つてくる原告車を認め、ブレーキをかけたが、約一二メートル進行し、前(一)の項のとおり原告車と接触し、直後に停車した。

3  本件事故の日の翌日に行われた実況見分の際、被告車に異常個所は認められなかつた。本件事故後、原告の長男が、原告車を見分したところ、後輪カバーの左側の支柱が曲つてタイヤに接触していた。

以上の事実が認められ、原告及び被告の各本人尋問の結果中、右認定に牴触する供述部分は、前掲各証拠に照らしたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実に基づいて考察するのに、足踏二輪自転車は、その構造上比較的安定性に乏しく、前輪が容易に左右に振れて、一時的な前輪の向きだけでは、その進行方向を確定することは困難であることが経験則上明らかであるところ、これを本件についてみると、被告は、右斜め前方約三三メートルの所に、二〇丁目通を六条通方面から本件交差点に入り、前輪を一五丁目方面に向けた原告車を認め、当然に左折するものと考え、そのまま被告車を進行させたものであるが、被告とすれば、原告車が右のような足踏二輪自転車であるのであるから、原告車の動静に注視し、原告車の進行状況に即応することのできる運転をすべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然原告車が左折するものと即断し、右斜め前方約一三・五メートルの距離に始めて九条通方面(北)に向け進行してくる原告車を認めるに至るまでそのまま進行した過失により、被告車を原告車に接触させ、本件事故を惹起させたものというべきである。被告の責任は、これを肯認せざるを得ない。

三  原告の損害の主張について判断する。

1  成立に争いのない甲第二、第三号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第四ないし第六号証、証人山田英世の証言及び原告本人尋問の結果によれば、

(一)  原告は、本件事故により、両膝・腰部捻挫、頸部捻挫、頭部挫傷の傷害を受けた。そして、原告は、岩田病院に、昭和五〇年一一月一七日から昭和五一年三月九日までの間に三二日通院し、その間に昭和五〇年一一月二一日から昭和五一年一月三〇日まで七一日入院し、旭川赤十字病院に、同年三月一一日から昭和五三年二月二〇日までの間に三一日通院して加療を受けた。(以上の事実は、傷害が本件事故による点を除き、当事者間に争いがない。)

(二)  岩田病院医師の昭和五一年四月二三日の診断によれば、原告は、頭痛、頭重、吐き気があること、ふらふらして歩行するのが困難であること、両膝の疼痛、歩行痛があり、腰部も痛く、膝の異常感があることなどを主訴するが、他覚的には、レントゲン検査によるも外観上異常な点は見当たらず、ただ多少の膝蓋反射、前腕反射等の亢進が認められる程度であり、入院加療をしたのは、原告が吐き気が強く、歩行することが全く困難であると訴えたからであるというものである。そして、同医師は、原告の病名は両膝・腰部捻挫、頸部捻挫、頭部挫傷とし、右傷病は昭和五一年三月九日治ゆしたと診断している。

原告は、岩田病院での入、通院中、主として両膝と首の湿布及び首のマツサージの治療を受けた。

(三)  原告は、旭川赤十字病院では精神神経科で受診したが、同科医師の昭和五三年二月二四日の診断によれば、昭和五一年三月一二日の原告初診時の所見は、頭痛、身体動揺感、疲労感、左膝部の過敏、集中力低下、記銘力低下、全身倦怠感というのであり、その後、原告に対し、精神療法、対症療法を施し軽快したが、頭痛、集中力低下、記銘力減退等は依然として残り、時々不安心気念慮が認められ、昭和五二年一月三一日から症状固定状態にあるが、後遺障害は、原告の主訴及び自覚症状として、頭痛、集中力低下、記銘力減退、倦退感、疲労感、めまい感、身体動揺感があり、他覚的には、脊椎の叩打痛以外には特に他覚所見を欠き、性格テストでは、心気症尺度が高く、また、抑うつ、ヒステリー、精神病質等の尺度がやや高いというものであり、就労能力については、身体的多彩な自覚症と不安心気念慮があり、普通の就労能力はかなり制限されているというものであり、予後の所見としては、自覚症状に対する治療を要し、この症状は労働災害の身体障害等級表の第一三級に該当するというものである。そして、同医師は、原告の病名は外傷性神経症と診断した。

原告は、同病院では内腹薬の投与を受けた。

(四)  原告は、現在、右の症状はやや軽快したが、時々、身体動揺感、吐き気、めまい感などを覚え、家族の者に手伝つてもらつて炊事、掃除、買物などの家事労働に従事している。

なお、原告は、自動車損害賠償責任保険においては、自賠法施行令別表の第一四級に該当する旨認定された。

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実に基づいて審案するのに、原告の本件事故そのものによる傷害は、両膝・腰部捻挫、頸部捻挫、頭部挫傷であり、レントゲン検査によるも外観上異常な点はなく、岩田病院に入院したのも、原告が吐き気が強く、歩行することが全く困難であると訴えたことによるものであり、同病院では、昭和五一年三月九日右傷害治ゆの診断を下しているところ、他方、原告はその後旭川赤十字病院精神神経科において受診し治療を受けているが、同科医師の診断によれば、原告には特に他覚所見はなく、原告は心気症尺度が高く、また、抑うつ、ヒステリー、精神病質等の尺度がやや高く、原告の身体動揺感、めまい感等に対しては、外傷性神経症であると診断されているものであり、これら事実に前二の項に認定した本件事故の態様に照らせば、右の捻挫、挫傷等の傷害そのものに基づく損害は、本件事故と相当因果関係にあるものと解するのが相当であるが、現に原告の主訴に見られる右の身体動揺感、めまい感等の症状は、本件事故そのものによる傷害の延長線上のものではなく、多分に原告の心気症尺度が高いこと、抑うつ、ヒステリー、精神病質等の尺度がやや高いことに基因するものと認めるのが相当である。もつとも、原告の身体動揺感、めまい感等の症状も、本件事故を契機とするものであつてみれば、本件事故と無関係であるとはいえず、以上の認定及び判断を総合考慮し、併せて損害の公平の負担を期する不法行為法の理念に照らせば、右の外傷性神経症の治療費等についていえば、三〇パーセントの限度で、本件事故が寄与しているものと認め、その限度において被告に賠償責任を負担させるべき相当因果関係がある損害と認めるのが相当である。

2  治療費

前掲甲第四ないし第六号証によれば、原告が、本件事故の日である昭和五〇年一一月一七日から昭和五一年三月九日までの間の岩田病院の治療費として金三一万二、一二〇円を要したこと、同年三月一一日から昭和五二年一一月一五日までの旭川赤十字病院の治療費として金五万九、八〇九円を要したことが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、前1の項の認定及び判断によれば、被告が負担すべき治療費は、岩田病院の分金三一万二、一二〇円の全額と、旭川赤十字病院の分金五万、九、八〇九円の三〇パーセントに当たる金一万七、九四二円(円未満切捨て。以下同じ。)の合計金三三万〇、〇六二円となる。

3  入院雑費

原告は、前1の項のとおり岩田病院に七一日入院したものであるところ、右入院期間中に要した費用は、原告の主張に係る一日当たり金五〇〇円と認めるのが相当である。そうすると、前1の項の判断に従えば、被告の負担すべき入院雑費は、金五〇〇円に右入院日数七一を乗じた金三万五、五〇〇円となる。

4  通院交通費

原告は、前1の項のとおり、岩田病院に昭和五〇年一一月一七日から昭和五一年三月九日までの間に三二日、旭川赤十字病院に同年三月一一日から昭和五三年二月二〇日までの間に三一日通院したところ、原告本人尋問の結果によれば、右通院のためにバスを利用し、一日金一四〇円を要したことが認められるので、前1の項の判断に従えば、被告の負担すべき通院交通費は、昭和五一年三月九日までの分として金一四〇円に岩田病院の通院日数三二を乗じた金四、四八〇円と、それ以降の分として金一四〇円に旭川赤十字病院の通院日数三一を乗じた額の三〇パーセントに当たる金一、三〇二円の合計金五、七八二円となる。

5  休業損害

原告は、同一期間について重複して、本件事故により訴外株式会社ダスキンアカシヤで就労することができなかつたことによる逸失利益と家事労働をすることができなかつたことによる逸失利益とを請求するので、審案するのに、原告が前者を請求することができるのはいうまでもなく、後者についても、具体的に原告の家事労働を金銭的に評価することが困難な本件にあつては、原告において家事労働により女子雇傭労働者の平均賃金に相当する財産上の利益を挙げるものと推定してこれを算定することができるものというべきである。ところで、原告は、右訴外会社に就労することができたはずの間は家事労働に従事することができないはずであるから、右訴外会社に就労することができなかつたことによる逸失利益を算定計上してみても、家事労働をすることができなかつたことによる逸失利益の算定においてこれを右のとおり女子雇傭労働者の平均賃金相当額とするときは、原告の家事労働をすることができなかつたことによる逸失利益額は、右平均賃金相当額から右訴外会社に就労することができなかつたことによる逸失利益額を控除した額といわざるを得ないから、結局、原告の休業損害の額は、計算上、女子雇傭労働者の平均賃金相当額をもつて認定すれば足りるものというべきである。

そこで、算定するに、当裁判所に顕著な昭和五〇年度の賃金センサスによる女子雇傭労働者の原告の年齢に対応する者の平均年間賃金は、原告の主張する金一一二万〇、八〇〇円を下らないことが認められる。ところで、前1の項の認定及び判断に従えば、本件事故と相当因果関係のある休業損害は、本件事故の日から原告の傷害が治ゆした昭和五一年三月九日までの三か月二二日間の分と認めるのが相当である。そうすると、その額は、次の算式によつて得られる金三四万七、七五五円となる。

1,120,800×(3/12+22/365)=347,755

6 後遺障害による逸失利益

原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和八年一〇月一七日生れで、前記休業損害算定期間の末日である昭和五一年三月九日当時四二歳の女子であることが認められるから、簡易生命表によると、その平均余命は三七年余であり、少なくとも以後原告主張の一二年間は就労が可能であるということができる。

ところで、前1の項の認定及び判断によれば、原告の後遺傷害の内容は、主訴及び自覚症状による頭痛、集中力低下、記銘力減退、倦怠感、疲労感、めまい感、身体動揺感であり、それも多分に原告の心気症尺度が高く、抑うつ、ヒステリー、精神病質等の尺度がやや高いことに基因するものであつて、これらが、本件事故を契機とするものではあつても、かなり症状が軽快し幾分家事労働にも従事しうる現状にあることなどを併せ考慮すれば、本件事故と相当因果関係にある労働能力喪失期間は、右の昭和五一年三月九日の後五年、その喪失率は三〇パーセントと認めるのが相当である。そして、前5の項の判断によれば、右の期間を通じ、一か年金一一二万〇、八〇〇円を下らない収入を得られたはずであると推認されるので、この間の労働能力低下による得べかりし利益は、本件事故時において一時に支払を受けるものとして、その現価をホフマン式計算により算出すると、次の算式(四・三六四三は、法定利率による単利年金現価表の五に対応する係数)により、金一四六万七、四五二円となる。

1,120,800×0.3×4.3643=1,467,452

7 慰謝料

前項までに認定した原告の傷害の部位、程度、治療期間、後遺障害等本件にあらわれた諸般の事情を総合斟酌すれば、原告の精神的苦痛を慰謝するに足りる金額は、金六〇万円と認めるのが相当である。

四  過失相殺

前二の項の認定及び判断によれば、原告は、自己が進行してきた道路(二〇丁目通)の幅員よりも交差道路(七条通)の幅員が広い、交通整理の行われていない本件交差点内を通行しようとしたのであるから、交差道路(七条通)を進行してきた車両の動静に注意し、安全な速度と方法で進行すべき注意義務があつたものというべきである。ところで、原告は、本件交差点に入つたばかりの所で、左斜め前方約三八メートルの所に、七条通左側を本件交差点に向けて進行中の被告車を認めたのであるから、減速の措置を採つて安全に左折すべきであつたのに、その措置を講ずることなく、一・六メートル進行した所で、原告車が加速されて左折することができなくなつたものであり、更に、この場合においてもなお、停止するなどの措置を採つて被告車との衝突を避けるべきであつたのに、このような措置を採ることもなく、このまま進行しても、被告車の到着前にその前を通過できるものと軽信し、更に三・八メートル進行した所で右にハンドルを切り、本件交差点を九条通方面に横断しようとして進行したことにより、本件事故を惹起させたものであつて、原告にも前記注意義務を怠つた過失があり、この過失も、本件事故の一因をなしたものといわなければならない。これを前二の項に認定した被告の過失と対比すると、その割合は三対二と認めるのが相当である。そうすると、被告の賠償すべき損害額は、前記三の2ないし6の項で認定した損害の合計金二七八万六、五五一円の五分の二に当たる金一一一万四、六二〇円となる。

五  損害のてん補

原告が、本件事故による損害のてん補として、日雇労働者健康保険金二五万四、四一五円及び自動車損害賠償責任保険金一五五万二、五一五円の合計金一八〇万六、九三〇円を受領したことは、当事者間に争いがない。

そうすると、前四の項の原告の損害は、すべててん補されたことになる。

六  原告は、弁護士費用の請求をするけれども、原告の損害がすべててん補されている本件にあつては、本件事故と相当因果関係のあるものとして被告に負担させるべき弁護士費用は、これを肯認することが困難である。

七  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、理由がないことに帰し、棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 清永利亮)

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